イラン訪問中に日本のタンカーが攻撃された
[ロンドン発]安倍晋三首相がドナルド・トランプ米大統領の要請で41年ぶりにイランを訪問している最中にホルムズ海峡近くで日本のタンカーが攻撃を受けました。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「中東和平の初心者が痛い教訓を味わった」と報じました。イランとの核合意を破棄した超タカ派・トランプ政権とイランの緊張はこれまでにないほど高まっています。
トランプ大統領の交渉術は北朝鮮の核放棄を巡る米朝首脳会談、中国や欧州連合(EU)との貿易戦争を見れば分かるように緊張をギリギリまで高めて相手に譲歩を迫るのが定石です。
2016年11月には1ドル=3万1998イラン・リアルだった為替相場は4万2105イラン・レアルまで急落。ウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)の原油価格が1バレル=52.51ドルと低迷する中、原油生産は16年の日量400万バレルから237万バレルまで下がっています。
イラン産原油の輸出先(17年)は次の通りです。
中国28%
インド22%
韓国18%
日本8.2%
イタリア8%
フランス5.9%
スペイン3.8%
ギリシャ3.3%
これまでの経過
イランは米国による経済制裁の再開で窮地に追い込まれていますが、危険なカードを使って反撃に出ています。なぜ日本のタンカーが狙われたのか、考えてみました。
米平和研究所の「トランプ大統領とイランの緊張の年表」や共同通信の報道からこれまでの経過を振り返っておきましょう。
2015年7月、国連安全保障理事会常任理事国5カ国とドイツ(P5+1)、欧州連合(EU)とイランによる核開発合意。核開発活動を10~15年制限して監視下に置く代わりに欧米側は経済制裁を解除
16年3月、米共和党の大統領候補の1人だったトランプ氏がイラン核合意は「史上最悪の合意」として破棄を公約に掲げる
17年1月、トランプ大統領就任
18年5月、トランプ大統領が核合意からの離脱を宣言。11月から経済制裁を再開。新しい核合意のための12項目を要求
18年11月、米国が「イランは年間10億ドル近くをテログループのレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスガザのハマス、イエメンの武装組織フーシ派、そしてイラクとシリアの組織に提供している」と非難
18年12月、米国が、欧州の一部と中東全域を射程に収めるイランの中距離弾道ミサイル発射実験を非難。イラン革命防衛隊がホルムズ海峡で軍事演習
19年1月、英仏独3カ国がドルを使わないイランとの貿易メカニズムを構築
19年2月、EUがイランの弾道ミサイル発射実験や中東での有害活動について警告。米国がEUに核合意からの離脱を要求。イランが巡航ミサイルを公開
19年3月、米国がイランの支援を受けるイラクの武装組織Harakat al Nujabaに対する制裁を発動
19年4月、イランが米国との新しい核合意のための交渉を否定。米国が対イラン追加制裁を検討
19年5月1日、イランが中東に駐留する米軍を「テロリスト」と非難
5月2日、トランプ政権がイラン産原油を全面禁輸
5月5日、米国のジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官が「イランが米国や同盟国を攻撃すれば容赦のない報復を受ける」と警告。米空母エイブラハム・リンカーンを中東に派遣
5月8日、イランが核合意からの部分撤退を表明
5月9日、米紙ニューヨーク・タイムズが米軍12万人の中東派兵について報道。トランプ大統領は「デタラメ」と否定
5月12日、サウジアラビアの石油タンカー2隻を含む4隻がアラブ首長国連邦(UAE)沖で攻撃される
5月15日、米国務省は在イラク米大使館職員のうち緊急性の低い業務に携わる職員に出国を指示。ニューヨーク・タイムズ紙がペルシャ湾で小型船数隻に積まれたミサイルの写真が撮影されていると報道
5月16日、サウジアラビアが、イランが石油パイプラインを攻撃したと非難
5月20日、イラクの首都バグダッドのグリーン・ゾーン(旧米軍管理領域)に旧ソ連の自走式多連装ロケット砲カチューシャが撃ち込まれる。米国大使館近くに着弾
5月20日、イラン原子力庁報道官が低濃縮ウランの製造量を4倍に増やすと発表
5月23日、マイク・ポンペオ米国務長官が「米国の利益に対するいかなる攻撃にも対応する準備はできている」と表明
5月31日、アラブ連盟がイランの行動を「地域の安全と安定に対する深刻な脅威だ」と非難
国際原子力機関(IAEA)はイランの濃縮ウラン保有量は174.1キロで基準の300キロを下回っていると発表
6月3日、ポンペオ国務長官が対話の条件として核・ミサイル開発の停止を改めて要求
6月6日、UAE沖でサウジアラビアの石油タンカーなど4隻が攻撃を受けた問題で、UAEなど3カ国は「国家による洗練された連携作戦」を強く示唆
6月12日、イエメンのフーシ派がサウジアラビアのアブハ空港を攻撃し、市民26人が負傷
6月12、13日、安倍晋三首相が現職首相として41年ぶりにイランを訪問し、米海軍退役軍人の解放を要請。ハメネイ師は原油禁輸制裁の停止を要求
6月13日、ホルムズ海峡近くで東京の海運会社「国華産業」が運航するタンカーと台湾の石油大手、台湾中油のタンカーが攻撃を受ける。国華産業は「飛来物」で攻撃されたと説明
米中央軍が「国華産業の運航するタンカーに付着した不発の付着機雷をイランの小型船が回収」とされる映像を公表
6月14日、米CNNがホルムズ海峡付近で攻撃を受けたタンカー近くで米国のドローン(無人航空機)に対してイランが地対空ミサイルを発射していたと報道
ロイター通信が、攻撃を受けた台湾中油のタンカーを移動させようとするタグボートをイランの高速船が妨害
双方とも戦争は望んでいない
トランプ大統領もイランも戦争に突入することは望んでいないでしょう。そもそも緊張の発端は超タカ派のトランプ政権がイラン核合意ではイランが北朝鮮のような米本土に到達する核・ミサイル能力を最終的に獲得するのを防げないと恐れていることです。
トランプ政権はイラン産原油の全面禁輸を揺さぶりのカードに使い、イランに核・ミサイル開発の停止を求めています。中東ではスンニ派のサウジアラビアとエジプトに加えてイスラエル、シーア派イラン、トルコとカタールの3勢力が主導権争いを繰り広げています。
そこに米国vs中国・ロシアの思惑が絡み、別働隊としてスンニ派武装組織vsシーア派武装組織が活動を活発化させています。そしてイラク、シリア、リビア、イエメンで混乱が深まっています。
イラクの米国大使館付近への爆撃、サウジアラビアや日本のタンカー、パイプラインへの攻撃にはイランの別働隊が使われている可能性があります。
日本は日米安全保障条約で結ばれた米国の同盟国ですが、イランにとっては絶対に反撃してこない安全なソフトターゲットです。
安倍首相はおそらく表に出ていないトランプ大統領の腹案を携えてイランを訪れたはずです。その答えが、国華産業の運航するタンカーへの攻撃だったとしたら「ノー」を突きつけたことになります。
イランの攻撃だと断定する十分な証拠は今のところありません。しかし米メディアによると、付着機雷は三角形でサウジアラビアのタンカーなどの攻撃に使われたのと同タイプ。小型船はイランの国旗を掲げておらず、乗組員も制服を着用していなかったものの、これまで米艦艇に嫌がらせをしているイランの小型船とそっくりだそうです。
タンカーが攻撃を受けた海域はホルムズ海峡の近くです。上はMarineTrafficで見たホルムズ海峡を航行する船舶のライブマップです。赤色がタンカーです。
タンカーは無差別攻撃を受けているわけではありません。狙い撃ちされています。イランの切り札はホルムズ海峡の封鎖だという警告なのかもしれません。
「Very Large Crude Oil Carrier(VLCC)」と呼ばれる超大型タンカーの船長を務め、ホルムズ海峡を何十回も航行、1980年代のイラン・イラク戦争、タンカー戦争、91年の湾岸戦争を経験した片寄洋一さんに4年前にお話をうかがったことがあります。
――ホルムズ海峡はどんなところですか
「ホルムズ海峡は狭く、両岸は暗礁、岩礁が多く、また水深が浅く、(そのほとんどは)小型船しか航過できません。大型船は中央部分にある航路筋だけが航過できますが。VLCCは中央部の水深があるところを辛うじて航行できるだけで、さらに海峡の中央部分で大きく変針しますので操船は大変です」
「特に沙漠地帯特有の風があり、横風を受けると流される危険が生じます。空船ですと喫水が浅いので船体が大きく浮上して、横風の影響は大きくなるため、ペルシャ湾に入るときは冷や汗をかきながらの操船になります。ペルシャ湾内も岩礁、暗礁が多く、航路が設定されているのですが、夜間はブイを確認しながら航行します。管理に不安があり、常に緊張の連続です」
「航路筋の中央に岩礁があり、超大型タンカーの空船の場合は喫水が上がり、その分船橋が高くなり、当然船首も高くなりますから前方の視野が船首から800メートル位の前方は陰になり見えなくなります。操船が困難になり、四方を砂漠に囲まれたペルシャ湾は日中照りつける太陽で砂漠は熱せられて猛烈な上昇流があり、海から砂漠に向かって猛烈な風が吹きます。雨はないのですが、風は強烈です」
「従って(取った舵と反対方向に舵を切って、船体が振れるのを止める)当て舵の操作が熟練を要します。積み込みはシーバースと言って、遙か沖合にシーバースの係留索止めが設置されており、原油のパイプラインが海底に設置されています。タンカーのパイプとジョイントして流し込みます」
――ホルムズ海峡が閉鎖されてもパイプラインで湾外への積み出しは可能ですか
「ペルシャ湾外にパイプラインを設置して、湾外で積めばとの案もあり、一部可能になっています。しかし、湾内には多くの積み出しパイプラインがあり、国も会社も異なり、それをすべて湾外で積み出すのは到底、無理なことです。原油はスラジを大量に含んでおり、ガソリンのようには流れませんから、流す作業は設備が大変なことなのです」
「ホルムズ海峡封鎖はこれまで何度もありました。幸いなことには我が国海運会社所属の船舶は多少の被害はありましたが、大騒ぎするほどの被害ではなかったので、ほとんど報じられませんでした。外国籍の船舶は、触雷による爆発、沈没の被害がありました。火災を起こしている船舶の側を通り過ぎたこともあります」
――機雷とはどのようなものでしょう
「機雷とは、機械水雷の略で、水中の地雷と言ったところでしょうか。感応機雷(船のスクリュー音や磁気に反応して爆発)、触発機雷(船体に触れると爆発する機雷)、磁気機雷(海底に設置され、船体の磁気を感知すると浮上して爆発)
「船体の磁気を感じてもすぐには爆発せず、何隻目かにカウントして爆発する機雷と各種ある)。近年更に改良された機雷が実用化されています。もの凄い爆発力があり、大型船1隻を瞬時に轟沈できる威力があります。一方、製造は簡単で安価です。ミサイルに比べると遙かに安価で、威力は猛烈です」
米国とイランの関係は緊張と緩和の繰り返しです。しかし、これまでと違うのはイラク戦争をきっかけに中東で混乱が広がる中、イランが相当、力を付けてきていることです。危機を引き起こさないよう双方がメンツを保てるかたちでの収拾策を探ることが急務です。
(おわり)
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20190615-00130225/
2019-06-15 08:32:00Z
52781757901297
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