英紙フィナンシャル・タイムズは17日(日本時間)に「中国が8月に極超音速兵器を打ち上げて地球を一周してから降下突入させた」と報じました。事実ならば部分軌道爆撃システムと極超音速滑空弾頭を組み合わせたことになります。「打ち上げには長征ロケットを使用」「滑空弾頭は目標を30km外れた」とも伝えられています。
宇宙船の実験である妥当性
これに対し中国外務省は18日(日本時間と同日)に反論、「再使用可能な宇宙船の実験である」と説明しました。また「8月ではなく7月に実施した」ともあります。
実際問題として長征ロケットは衛星打ち上げ用の宇宙ロケットであり、大き過ぎて地下サイロに入らず、燃料充填と発射準備に時間が掛かり過ぎるので、戦争での使用は行えるものではありません。新たな事実が出て来ない限り、中国側の説明は今のところ妥当なように思われます。
なお宇宙船だった場合、小型無人スペースシャトルならば飛行場の滑走路に戻って来る筈ですがそのようには伝えられていないので、カプセル型の再突入宇宙船の可能性が高くなるでしょう。ただし小型無人スペースシャトルの実験を行ったが滑走路に戻って来れず帰還寸前で墜落した可能性もあります。
地球を一周したのは長征ロケットを使用したのならば驚くようなことではありません。部分軌道爆撃システムにしても冷戦時代からある古い発想の兵器です。
【用語解説】
- 軌道爆撃 ・・・ 衛星軌道を周回し任意の地点で逆噴射を行い地表に降下突入する。なお大量破壊兵器(核弾頭)を衛星軌道で周回させると宇宙空間に配備したと見做され、宇宙条約違反になる。
- 部分軌道爆撃システム ・・・ FOBS : Fractional Orbital Bombardment System. 衛星軌道まで上がるが地球を一周する前に逆噴射を行い降下突入する。宇宙条約を掻い潜る目的で冷戦時代にソ連で考案されたが、米ソ間の核軍縮交渉(SALT-II)で禁止された。この交渉に中国は無関係。
- 極超音速滑空ミサイル ・・・ 弾道ミサイルの弾頭を滑空弾頭に置き換えたもの。宇宙と大気の狭間(高度40~60kmの付近)を上昇と下降を繰り返しながら滑空飛行し、目標付近で降下突入する。
※部分軌道爆撃システムの打ち上げは重ICBMで行う。
部分軌道爆撃システムと極超音速滑空弾頭の組み合わせ
通常のICBMが最短コースの北極回りで中国からアメリカに向かうのに対し、部分軌道爆撃システムならば事実上射程の制限が無いので遠回りとなる南極回りからでも向かうことができるので、アメリカ軍の防空網が警戒していない方向から侵入が可能です。
また部分軌道爆撃システムは最大到達高度を弾道飛行よりもかなり低くできるのでレーダーに捉えられにくく、さらに敵の大気圏外迎撃システムの射程圏外の段階で軌道から降りて極超音速滑空弾頭での飛行状態に移行すれば、迎撃網を突破しやすくなります。
ただし発射時の膨大な噴射炎の熱源を早期警戒衛星で探知されてしまうのは通常のICBMと同じです。またアメリカ軍が配備を計画している極超音速兵器を熱源探知・追尾できる小型早期警戒衛星群ならば、部分軌道を飛行中の目標も追尾が可能でしょう。しかもアメリカ軍は早期警戒管制機(AWACS)までも宇宙配備レーダーで置き換えようと計画しています。
アメリカ軍の本土防衛用の警戒網は地上レーダー重視から宇宙配備センサー重視に切り替わる方針です。つまり攻撃側が部分軌道爆撃システムを使う利点が薄まりつつあります。
仮に部分軌道爆撃システムと極超音速滑空弾頭の組み合わせが実現したとしても、アメリカ軍が開発中の極超音速兵器対抗用の新型迎撃ミサイルを完成させれば防がれてしまいます。また南極回りの部分軌道を飛行中でも、付近の海上のイージス艦から既存の大気圏外迎撃ミサイルで迎撃することも理屈の上では可能です。
部分軌道爆撃システム自体が冷戦時代の古い発想の兵器なので、最新の極超音速滑空ミサイルと組み合わせても劇的な効果を生む新兵器となるわけではなさそうです。
中国は果たしてそんなものの為に、新型の戦闘用大重量打ち上げシステム(地下サイロに収納可能な重ICBM級の大きさのロケット)を用意するでしょうか? 中国の既存のICBMでは大きな滑空ミサイルを積みつつ部分軌道爆撃システムとするには能力が足りません。しかし宇宙ロケットの長征では実戦配備などできないので、新たな運搬手段を用意しないといけません。
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2021-10-18 16:57:09Z
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