その名も“ロックダウン教授”
[ロンドン発]新型コロナウイルスの大流行で日本ではお笑い芸人、岡村隆史さんの「コロナが終息したら美人さんがお嬢やります」発言が大騒ぎになったばかり。一方、死者が2万9500人を超えイタリアを抜いて欧州最悪となったイギリスでは“愛と背徳のジェットコースター劇”が発覚しました。
厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授は「接触機会の8割削減」を唱え「8割おじさん」と呼ばれているのに対し、今回のジェットコースター劇の主役は「イギリスの8割おじさん」ならぬ「プロフェッサー(教授)ロックダウン(都市封鎖)」。
世界的な感染症数理モデルのスペシャリスト、英インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授(51)です。不謹慎な言い方かもしれませんが、これは、そんじゃそこらのソープオペラ(日本流に言うと昼ドラ)も及ばないドラマです。
経済への影響を抑えるため都市封鎖ではなく緩和策をとったボリス・ジョンソン英首相に対し、ファーガソン教授は「このままでは25万人が死ぬ」という報告書を公開して都市封鎖への方向転換を迫りました。英メディアから付けられたニックネームが「ロックダウン教授」です。
ニュースの第一報を聞いて自分の耳と目を疑い、イギリスはどうなるのか軽いめまいを覚えました。次の日曜日(5月10日)には都市封鎖を緩和するジョンソン政権の出口戦略が発表されるからです。その前に目障りなファーガソン教授をパージしておこうという政治的謀略でしょうか。
カップルでも許されぬ“面会”
すっかり前置きが長くなってしまいましたが、スクープした英紙デーリー・テレグラフからニュースを見ておきましょう。
ファーガソン教授は公衆に対して厳格な社会的距離の必要性を説きながら、自分だけこっそり都市封鎖中にもかかわらず少なくとも2回にわたって自宅に既婚女性を招き入れていたという内容です。ファーガソン教授は5日夜に政府の非常時科学諮問委員会(SAGE)を辞任しました。
ファーガソン教授は頻繁にメディアに登場して都市封鎖を主張しており、中小・零細企業を守るため封鎖解除を求める与党・保守党の下院議員に煙たがられていました。政府によって会うことを禁じられた数百万人のカップルもフラストレーションをため込んでいました。
ファーガソン教授のお相手の既婚女性は38歳の左派運動家。30代の夫と2人の子供とロンドン南部にある190万ポンド(2億5200万円)の豪邸で暮らしています。夫婦は一緒に生活しながら一夫一婦制の形をとらない「オープン・リレーションシップ(開かれた関係)」と考えられています。
既婚でありながら他の男性と関係しても「不倫」ではないオープンな夫婦関係ということです。 この女性が都市封鎖下にファーガソン教授宅を訪れたのは外出禁止令が発動されて1週間後の3月30日。教授は、封鎖は少なくとも6月まで継続しなければならないと訴えていました。
2度目の訪問は4月8日。女性は友人たちに「学者である夫にはコロナの症状があると疑っている」と話していたそうです。
強まる封鎖緩和の圧力
都市封鎖中、不要不急の外出や面会は禁じられ、違反すれば警察に逮捕されたり、最低でも30~60ポンド(約4000~8000円)の罰金が科せられたります。これまでにイングランド・ウェールズだけで9000件以上の罰金が科せられています。
(1)緊急医療(2)毎日の運動(3)食料品の購入(4)医療従事者や公共交通機関などキーワーカー以外の外出は違法です。一緒に暮らしていないカップルでも都市封鎖中の面会は許されません。
ファーガソン教授はテレグラフ紙に対して「私は判断の誤りを犯し、間違った行動を取ったことを認める。SAGEを辞任します。壊滅的な流行をコントロールするため社会的距離を継続する必要性についての明確なメッセージが損なわれたことを深く遺憾に思う」と話しました。
ファーガソン教授は新型コロナウイルスの検査で陽性を示し、2週間自己検疫したので免疫があると考えていたようです。 ファーガソン教授はパンデミック時の政府対応の指針となったSAGEと主席医務官と保健省に助言する新興呼吸器ウイルス脅威顧問グループの要職に就いています。
都市封鎖している国々で経済活動を再開させるため封鎖解除を求める声が大きくなってきています。イギリスでも保守党の下院議員は経済的に行き詰まっている選挙区の中小・零細業者から「何とかしてくれ」と突き上げられています。
封鎖緩和ならお年寄りら10万人が死亡
ファーガソン教授は新型コロナウイルスのパンデミックでこれまで4つの警告を発しています。
(1)何もしなければイギリスで50万人死亡
(2)社会的距離など緩和策なら25万人死亡
(3)厳格な都市封鎖なら死者を2万人以下に抑えられる可能性も
(4)都市封鎖を解除して高齢者や持病のある人らハイリスクグループだけ感染リスクを80%減らしても年末までに10万人死亡
英国家統計局(ONS)の死者週報から超過死亡を推計したところ英紙ファイナンシャル・タイムズは、死者は4月25日の時点で4万1000人に達したとみられると報じています。ファーガソン教授の予測を上回る犠牲が広がっているのが現状です。
ファーガソン教授がワクチンや治療薬ができるまでの出口戦略として推奨していたのが韓国の対策をもとにしたモデルです。
まず徹底した都市封鎖と社会的距離で流行を制御する。次に大量検査で無症状や軽症の感染者をあぶり出して隔離する。感染者との接触をスマートフォンのアプリで知らせる「コンタクト・トレーシング(接触追跡)」をフル活用して感染経路を「見える化」して隔離の範囲を絞り込み、経済を再開していくモデルです。
口蹄疫の刻印
ファーガソン教授の業績を振り返ると感染症数理モデルの光と影がくっきり浮かび上がります。
2001年口蹄疫
口蹄疫の流行で家畜650万頭の大量殺処分につながった研究に取り組む。ブレア政権の方針で、感染した農場から3キロメートル以内の農場の家畜は無差別に殺処分にされる。畜産農家の廃業や兼業化が相次ぎ「口蹄疫は数百メートルを超えては伝染しなかった。3キロメートルの科学的根拠は不十分」との不満が今もくすぶる。
2002年BSE(狂牛病)
牛肉のBSEへの曝露により50~5万人が死亡し、ヒツジに広がった場合は15万人に増える恐れがあると予測。実際にはイギリスでの死者は200人未満に留まった。
2005年鳥インフルエンザ
鳥インフルエンザで最大2億人が死亡する可能性があると主張。実際に死亡したのはわずか数百人。
2009年新型インフルエンザ
新型インフルエンザの致死率を0.4%と予測。最悪のシナリオではイギリスで6万5000人が死亡すると警鐘を鳴らしたが、実際には457人だった。主席医務官は実際の致死率は0.026%と結論。
新興感染症の流行を予測する数理モデルは病原体の感染性、病原性、ビルレンス(毒性)もはっきりせず、人や動物の免疫力、地理的条件、気候、対策などの条件によって大きく左右されるため非常に困難を伴います。
しかし実際の犠牲が予測を下回ったことは危機管理に成功したことを意味しているのではないでしょうか。
今回、政府が当初、緩和策をとっていたこともあって初めて実際の被害がファーガソン教授の予測を上回りました。スキャンダル発覚の背後に欧州連合(EU)からの強硬離脱を主導した強硬離脱派がうごめいていたなら、イギリスの前途にさらなる暗雲が漂います。
ファーガソン教授といううるさい”ご意見番”がいなくなれば、経済を優先したい強硬離脱派のやりたい放題になってしまう恐れがあるからです。
国家緊急事態宣言の延長で右派と左派の集中攻撃にさらされ始めた日本の「8割おじさん」こと西浦教授をはじめ専門家会議のみなさんもくれぐれも足元を救われないようお気を付け下さい。ご健闘をお祈りしています。
(おわり)
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2020-05-05 21:25:14Z
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