第2次世界大戦の退役軍人に対する名誉毀損で起訴され、モスクワの裁判所で開かれた公判に出廷した野党活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏=2021年2月5日、タス提供/ロイター
ナワリヌイ・デモはいったん休戦
この連載では、反体制活動家A.ナワリヌイ氏の呼びかけに応じて1月23日にロシア全土で大規模な反プーチン・デモが発生したことを受け、「『ナワリヌイの乱』は、プーチン・ロシアを崩壊させるのか」というコラムをお届けしました。その後、1月31日にも大規模なデモが実施され、治安当局はこれを厳しく弾圧。2回のデモでの逮捕者は計1万人を超えたと言われています。
そうした中、ナワリヌイ氏の処分をめぐる裁判所の審理が2月2日に行われ、同氏が過去に詐欺罪で受けた有罪判決の執行猶予を取り消し、禁錮3年半の実刑を科すとの判決が下されました。ナワリヌイ氏の弁護士は上訴を表明していますが、決定が覆る可能性は低いと見られています。
国際的にも波紋が広がっており、ロシアは2月5日、ナワリヌイ氏の呼びかけたデモに参加したとして、ドイツ、ポーランド、スウェーデンの外交官を国外追放すると発表しました。同日、ロシアのラブロフ外相と会談した欧州連合(EU)のボレル外交安全保障上級代表は会談後の会見で、ナワリヌイ氏をめぐる状況に「深刻な懸念」を伝え、釈放を求めたことを明らかにしました。今後、EUによる対ロシア追加制裁というシナリオも考えられます。
さて、ナワリヌイ氏の側近で陣営幹部のL.ボルコフ氏は2月4日、今後しばらくの間、抗議デモを休止するとの方針を表明しました。体勢を立て直した上で、春から抗議活動を再開し、9月の下院選に向けて闘争を本格化していく構えです。
というわけで、ロシア政治の潮目を大きく変えたナワリヌイ・デモは、1月23日、31日の2回をもって、ひとまず休戦となりました。小括しておくには良いタイミングでしょう。今回のコラムでは、3つのポイントに絞って、1月のナワリヌイの乱を考えてみたいと思います。
ポイント1 TikTok革命
世界の様々な政変や民主化運動で、SNSが重要な役割を果たすことが当たり前になっています。2020年8月以降に巻き起こったベラルーシの反ルカシェンコ運動では、インスタグラムの存在が目立っていました。ベラルーシの民主化運動は、女性が活躍し、また白・赤・白の民族旗が「映える」アイテムだったので、インスタとの親和性が高かったのです。
それに対し、今般のロシアにおけるナワリヌイの乱では、どうもTikTokの役割が大きかったようです。筆者は、TikTokは子供や若者がはしゃぐためのツールという程度の認識しかなかったので、これまでまったく使っていませんでした。それが、どうやらロシアの政治を動かす力にもなりつつあるらしいということを知り、慌ててスマホに入れて、試しにいじっているところです。
実際、表1に見るとおり、2020年にロシアで最も多くダウンロードされたモバイルアプリが、TikTokだったそうです。もちろん、以前から存在している定番アプリはすでに多くのユーザーに利用されており、新興のTikTokの方が新規ダウンロードの数が増えやすかったという側面はあるでしょう。いずれにしても、世界全体と同じように、ロシアでも今一番キテるアプリがTikTokということになります。
A.ラスポポフというジャーナリストが、TikTokがロシアの政治、特に今般のナバリヌィ・デモにどのような影響を及ぼしているかを論じているので、要旨をご紹介しましょう。
「ロシアでは2,300万人がTikTokを活発に利用している。一般的なイメージに反し、未成年のユーザーは25%だけであり、75%が大人である。割と最近まで、ロシアでTikTokは政治とは無縁であった。しかし、2020年に改憲の動きが生じた際に、政治的コンテンツが顕著に増えた。ハバロフスクでS.フルガル知事逮捕に反対するデモが起きた時には、政治的な投稿がさらに増えた。
今般のナワリヌイの乱に際しては、数百万の人々が彼の帰国表明以降の経緯を見ていたので、TikTokのアルゴリズムの判断により、1月23日のデモ参加を呼びかける投稿が、それらの人々に積極的にレコメンドされた。それに反応してユーザーが政治的な投稿をすると、それらも連鎖的にレコメンドされ、数十万人に閲覧されることとなった。
当然、体制側も対抗措置をとり、「#プーチンに賛成」、「#ナワリヌイに反対」といったハッシュタグの動画が多数投稿された。これらの多くは、フェイクアカウントからの投稿であったと見られる。また、体制側が実績のあるTikTokerにカネを払い、体制支持の内容の投稿を依頼する現象も見られた。最終的に、TikTokを抑えきれないと判断した体制側は、得意の直接的な圧迫に乗り出した。ロシア連邦通信監督局はTikTokに対し、抗議活動参加を呼びかける投稿を削除するよう要求し、その後、禁止された情報を遮断できなかったとして、400万ルーブルの罰金を科した」
以上がラスポポフ氏による解説の要旨でした。ちなみに、1月23日のデモ参加を呼びかけるTikTokの投稿は、事前に2億回以上閲覧されたなどと言われています。思うに、TikTokの特徴は新しい世代が斬新な演出で既存のタブーや既成概念を壊すことにあり、今の硬直的なプーチン体制を打破していく上で有効なのかもしれないですね。
ポイント2 地方レベルの不満と結び付くか?
ロシアで民主派による反体制デモは、モスクワおよびサンクトペテルブルグという2つの首都が、常に主たる舞台となってきました(ロシアでサンクトペテルブルグは地方都市というよりも、モスクワとほぼ同格の「北の首都」と位置付けられている)。1月23日、31日のナワリヌイ・デモの場合も、最も動員が大きかったのはその両首都でした。
しかし、今般のナワリヌイ・デモの最大の注目点は、その地理的な広がりです。未許可のデモであったにもかかわらず、1月23日のデモはロシア全土137都市に広がったとされており、さらに多く196都市だったとする情報もあります。多くの街では、過去30年で最大規模のデモであったとか、あるいは反体制デモが起きるのはほぼ初などと指摘されました。そして、当局が厳戒態勢を敷く中、1月31日にも140あまりの都市でデモが試みられたとされています。
もっとも、ロシアの地方住民が、自分たちに身近な問題で怒りを抱き、抗議行動に出るという現象は、近年頻発していました。その代表格は、「プーチンの国策捜査に反旗を翻すハバロフスク ロシア極東は燃えているか」で取り上げたとおり、ハバロフスク地方のケースでしょう。他にも、聖堂建立の場所を変更させたエカテリンブルグ市民の抗議デモ、廃棄物処分場のプロジェクトを凍結に追い込んだアルハンゲリスク州民の抗議運動、クシタウ山での石灰岩採掘を撤回させたバシコルトスタン共和国の反対運動などが挙げられます。
このように、ここ数年だけを見ても、ロシアの地方住民が自らにとって身近な問題に憤り、抗議活動を起こすという現象は、いくつか見られました。ただ、ハバロフスク地方を除けば、地方住民の関心事は基本的に、自分たちの生活に直接かかわるような経済・社会問題に限られていました。彼らの怒りが、プーチン体制の否定に直結する構図は、見て取れませんでした。プーチン政権側にとっては、当該の争点で譲歩することなどによって、各地方の問題を局所化することが可能でした。
しかし、ここに来て状況が大きく変わりつつあると考える専門家もいます。たとえば、バシキール公務アカデミーのA.シャヤフメトフ研究員は、次のように論じています。
「以前は、活発な政治的行動が起きるのはモスクワとサンクトペテルブルグで、地方はローカルな問題にフォーカスしていた。それが、現在では政治的な性格の抗議行動が地方に波及している。地方では、コロナ禍、経済危機、汚職、長期政権といった全国的な問題が、ローカルな問題と結合し、より多くの市民を動員するようになっている。以前は、全国レベルのデモは地方の人々には縁遠いような主張を掲げ、支持の範囲は広がらなかった。それが現在は、地方レベルの抗議活動が全国レベルのアジェンダに統合されるようになっている」
ロシアの各都市・地域は、住民の不満の種には事欠きません。もし仮に、シャヤフメトフ氏の言うように、それがナバリヌイ氏らによる反政府運動と結合し、全国的に組織化されていくようなことになったら、その時はロシア政治はさらに新たな局面を迎えることになるでしょう。
ポイント3 国民はどのように受け止めているのか?
ロシアには「魚は頭から腐る」という諺がありますが、それを地で行くように、プーチンこそ最も腐敗した人物であるとするナバリヌイの告発動画は、ロシア社会に大きなインパクトを与えたはずです。デモの参加者たちがそれに感化されていたことは、間違いありません。では、命懸けの告発を行ったナバリヌイを、一般国民はどのように受け止めているのでしょうか?
それを検証するために、レバダ・センターによる世論調査結果 を参照してみましょう。レバダはプーチン政権からは独立した、ロシアで最も信頼できる調査機関です。もちろん、回答者が不安に感じて意に反しプーチン体制を支持するような回答をしてしまう可能性はなきにしもあらずですが、基本的には信頼に足る調査だと思います。以下で見るのは、レバダが1月29日から2月2日にかけて(以下では便宜的に「1月」と表示)ロシア全土で1,616人の成人回答者に対して対面方式で行った調査結果です。
回答者に「貴方はA.ナワリヌイ氏の活動を支持しますか?」ということを問い、その結果を過去2回のそれと照らし合わせながら示したのが、図1になります。長期的には、ナワリヌイの知名度、彼への支持が高まっていることはうかがえます。しかし、1月の帰国決行、空港での逮捕、告発動画発表、大規模デモという流れを受け、ナワリヌイの株が大いに上がったとは、少なくともこのデータからは言えません。むしろ、新たにナワリヌイを認知するに至った人々の間では、否定的な受け止め方の方が大きかった可能性もあります。
図2は、ナワリヌイへの支持・不支持を男女別に見たものです。男性の方が支持率が高いものの、不支持の方が上回っているのは男女とも同じです。
次に、図3は年齢層別の支持・不支持を見たもの。非常に明確な傾向が出ており、若い世代の方が支持率が高くなり、さすがはティーンエイジャー・若者の旗手という感じがします。ただし、18〜24歳の間でも多数派が支持しているわけではありません。
図4は、回答者にとっての主たる情報源は何かを問い、それによってナワリヌイへの支持・不支持がどのように左右されるかを見たものです。図3の年齢層以上に明確な傾向が生じており、プーチン政権が統制するテレビの視聴者は大半がナワリヌイを不支持で、ソーシャルメディアやテレグラムチャンネルといった自発的で自由度の高いメディアのユーザーほどナワリヌイ支持率が高くなっています。
最後に、図5は、どのようなタイプの居住地に住んでいるかによって、ナワリヌイへの支持・不支持がどのように違ってくるかを示したものです。残念ながら、2021年1月の調査についてはこのデータが発表されなかったので、2020年9月のデータを使っています。筆者は、大都市ほど支持、田舎ほど不支持というパターンを想像していたのですが、そこまで明快な傾向は出ていませんでした。確かにナワリヌイ支持率が22.8%と最も高いのは首都モスクワでしたが、不支持も64.1%ときわめて高いという結果は驚きでした。モスクワ住民は知識水準や意識が高いだけに、多くの市民がすでにナワリヌイについての明確な評価を下しているということなのでしょう。
プーチン体制がナワリヌイ・デモを徹底弾圧している様子を見ていると、完全にベラルーシのルカシェンコと同類になったとの印象を強くします。しかし、プーチンとルカシェンコには、政権の正統性において、大きな差があることは否定できません。
筆者の見るところ、現時点で、ベラルーシでガチの大統領選挙をやったら、ルカシェンコは1、2割の票しか獲得できないでしょう。完全な少数派に転落したのに、暴力で権力の座にしがみついているのが、今のルカシェンコです。それに対し、ロシアでガチの大統領選をやっても、依然としてプーチンは、楽に過半数はとると思います。
もちろん、それはプーチン政権が上述のテレビ報道をはじめあらゆる事柄を統制下に置いているからであって、報道・言論が自由化され反体制側の主張が国民に伝われば徐々に変化は生じていくはずですが、現時点で民主主義の根幹である多数決に訴えるなら、プーチンは多数派、ナワリヌイは少数派です。
やはりレバダ・センターの調査によると、プーチンの仕事振りを支持するという国民は、2020年11月に65%だったものが、2021年1月(調査期間は1月29日〜2月2日)には64%になりました。減ったことは事実ですが、あまりに小幅であり、誤差の範囲内という気もします。日本で「総理大臣が野党リーダーを暗殺しようとした」とか「秘密裏に自分のための宮殿を建てていた」などということが発覚したら、支持率は一気に数十%急落すると思いますが、ロシアの事情は異なります。
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2021-02-08 23:00:00Z
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