<カナダ西部のブリティッシュ・コロンビア州にある森林の中で、日本人のものと思われる集落跡が発見された......>
茶碗や酒瓶など1000点以上が出土
カナダ西部のブリティッシュ・コロンビア(BC)州にある森林の中で、日本人のものと思われる集落跡が発見された。バンクーバー周辺のニュースを扱う地元紙ノースショア・ニュースが8月に伝え、その後、雑誌スミソニアンなどが報じた。
この集落跡地を発見したのは、BC州バンクーバーのキャピラノ大学で考古学を教えるボブ・マックル教授だ。2004年、同州の森林に興味深い場所があるとの連絡を受けて、発掘を始めたのがきっかけだった。掘り起こしてみると、そこから出てきたのは、ご飯茶碗や酒瓶だった。
それから14年間、マックル教授は毎年春になると考古学の学生を引き連れてここを訪れ、6週間にわたって発掘を行うようになった。この集落跡について同教授は、カナダに移住してきた日本人が身を寄せて暮らしていた場所だとの仮説を立てている。この集落跡からこれまで1000点以上の品々を発掘した同教授だが、ノースショア・ニュースによると、発掘作業は今年で終わりにする予定だと話しているという。
Yet another media outlet is reporting on my archaeology project on a Japanese camp in Canada. This time its 'Smithsonian Magazine,' based on some communication with me last week and earlier reporting by @BrentRichter and @CBCNews https://t.co/KY6UUkp7gN
— Bob Muckle (@bobmuckle) September 3, 2019
人種差別から逃れるための隠れ家
この場所はバンクーバーから北東20キロ弱の場所にあり、現在はローワー・シーモア保護区に指定されている。1918年ごろ、日系カナダ人ビジネスマンだったエイキチ・カゲツ氏がこの場所の森林伐採権をBC州から獲得。1924年に伐採は終了し、カゲツ氏は事業を拡大するためにバンクーバーの他の地へ移ったとされている。
しかしマックル教授は、森林伐採の作業が終わっても、人々はここで密かに暮らし続けたと考えている。1920〜1930年ごろにバンクーバーではびこっていた日系人に対する人種差別から逃れ、自分たちの文化を守るためにこの集落で暮らし続けたのではないかというのだ。第2次世界大戦が始まり日系カナダ人が抑留されるようになる1942年まで、40〜50人ほどがここで生活していたと同教授は考えている。
集落はフットボール場ほどの広さで、14戸ほどの小屋があり、貯水池から水が引かれていた。庭で野菜を育て、近くのシーモア川では魚が豊富に釣れたらしい。集落の北端にはヒマラヤスギで作られた台のように平らな場所があり、そこでは緑色のガラスを針金で合わせたちょうちんの一部らしきものも見つかった。ほとんどの日本人はこの場所を見て、神社だろうと口を揃えるという。
マックル教授は、年配の日本人女性が発掘作業に参加した時のことを振り返る。女性は、「お風呂はどこか」と聞いてきた。「ofuro」という単語をその時初めて聞いた教授は、それが日本の文化にとっていかに大切なものかや、日本人が住んでいたらなら風呂がないわけはないと聞かされた。最終的に浴場と思われる場所を発見するに至ったと同教授はノースショア・ニュースに話した。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/09/post-12956.php
2019-09-09 09:35:51Z
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